ビットコイン価格は安定するのか
「『予想の無限の連鎖』そのものによってその価値が全面的に支配されている貨幣とは、いわば『投機』という無根拠性がそのまま実体化された存在であるといってもよい。貨幣をもつとは、『投機』そのものをもつことなのである。」
-岩井克人「二十一世紀の資本主義論」
はじめに
ビットコインの発明から6年。この革新的な暗号通貨はギーク達の遊び道具から脱皮し、僕達の日常生活に組み込まれることを目指して日々拡大している。
そんな中、ビットコインが抱える問題・欠点に関する議論も活発に行われるようになってきている。代表的な批判をいくつかあげると、以下のようなものがある。
- プロセスできる取引量の限界
- マイニングプールによる51%攻撃の可能性
- Proof of Work のエネルギー消費
- 取引記録が公開されることが個人の特定につながりうるプライバシー問題
- 価格の不安定性
僕は1.~4. のような技術的な問題に関しては楽観的である。これらは工学が歴史を通して幾度となく解決してきたタイプの問題であるし、実際、様々な解決案が日々生み出されている。
問題は 5. の価格だ。これがが難しいのは、それが技術的な問題ではないからである。正確にいうと、技術的な問題と認識されていないからである。技術的な問題として認識されていないので、議論しようと思っているひとがそもそも少ない。徐々にであるが問題意識は形成されてきているが[1]、問題の根深さ・大きさに比べるとまだまだ不十分であると感じる。
この記事では、5.の価格の不安定性について、その原因と解決策を考察する。
なぜビットコイン価格は不安定なのか
ビットコインの価格が不安定であるのは、ビットコインを使う人が少ないからであると考えられることが多い*1。日本円が安定しているのは、日本円を交換手段として用いる人が少なくとも一億人以上いるからであり、ビットコインもより大規模に普及すれば、結果的に価格は安定する。よって、ビットコイン価格の不安定性はあくまで過度的な現象であり、長期的に見たら問題ないというのだ。
果たしてこの考えは正しいのだろうか。
一橋大学の研究グループによると、その答えはNOである[2]。実際、ビットコイン人口は基本的に増加傾向にあるが、それに伴い価格が安定してきていると感じている人は少ないだろう。
では、ビットコイン価格の不安定性は、それが使用人口の少なさから来ているのではないのだとしたら、一体どこからきているのだろうか?
[2]によると、ビットコイン価格が不安定である根本的な原因は、その固定的な供給モデルにあるという。ここで、ビットコインの供給モデルが抱える問題を、他の一般的な商品の供給モデルとの対比のなかで考えてみよう。
一般的な商品の供給モデル
以下の図に見覚えがある人は多いと思う。日本の中学校で習う、「需要・供給曲線」である。では、ここである 商品A の需要・供給曲線を考えてみよう(図1)。この図からは次のようなことが読み取れる。
- 消費者は価格が安ければ安いほど多く買う(需要曲線)
- 供給者は価格が高くなればなるほど多く供給する(供給曲線)
- 点E において両者の間にちょうど均衡がうまれ、価格P と供給量L が決定される
図1. 商品A の需要・供給曲線
では、なんらかのニュースや、流行の変化などにより、商品A への需要が高まった場合を考えてみよう(図2)。すなわち、図2の中で、需要曲線が需要曲線2 へと移動した場合である。このとき、先ほどまで保たれていた市場の均衡は破れるが、価格が上昇し(P → P2)、供給量が増加する(L → L2)ことによりこの変動は吸収され、新しい均衡が 点E2 において形成される。
図2. 商品A の需要・供給曲線(変化後)
具体的な例として、よくビットコインのアナロジーとして用いられる金に関して考えてみよう。金への需要が増加した場合、金価格は上昇するが、同時に金採掘業者は採掘量を増加させる。よって需要の増加は「価格の上昇」と「供給量の上昇」という2つの反応によって吸収される。逆に需要が減少した場合、価格は下がり、採掘の採算をとれない採掘業者が採掘量を減少させる。よって、需要の減少は「価格の減少」と「供給量の減少」という2つの反応によって吸収される。
ビットコインの供給モデル
では、ビットコインの需要・供給曲線はどのようになるだろうか。ビットコインの供給量は固定的であり、需要の変化の影響を受けずに一定である(2015/2/26現在で 25BTC/10分)。このことをグラフに表すと以下のようになる。
図3. ビットコインの需要・供給曲線
では、メディアに大きく取り上げられたり、どこかの国が財政危機に陥って他の金融資産からの流入があったりして、ビットコインへの需要が高まった場合を考えてみよう。すなわち、下の図4 で需要が需要曲線2 へと変動した場合である。
図4. ビットコインの需要・供給曲線(変化後)
ビットコインは需要に合わせて供給を増加させることはできない。たとえビットコインへの需要が爆発的に大きくなったとしても、その供給量は(今は) 25BTC/10分 に固定されている。需要の変化を供給量の変化によって吸収することができないのだ(L は変動しない)。よって、新しい均衡 E2 が形成された時、需要の変化はダイレクトに価格の上昇反応によって吸収されてしまう(P → P2)。
ここにビットコイン価格の不安定性の根源がある。
普通の商品は「価格の変化」と「供給量の変化」という、2つの反応によって需要の変化に対応するのに対し、ビットコインは「価格の変化」でしか対応することができないのだ。
中央銀行貨幣の場合
では、中央銀行貨幣の供給モデルはどのようになっているのであろうか。
日本銀行は、日本円への需要変化を睨みながら金利を操作することによってその供給量を調整している。貨幣の生産コストがほぼゼロであるので、上でみた一般商品の供給モデルよりさらに水平な供給曲線をもつことができる*2。この供給モデルによって、日本円や米ドルは比較的安定した価格変動を維持しているのである。
中央銀行は貨幣に対する需要を認知しながら供給量を調整するのに対し、ビットコインシステムは貨幣に対する需要を認知せずに、固定的に貨幣を供給している。ここにこそ、日本円が安定している理由があり、ビットコインが不安定である理由がある。
中央銀行貨幣の問題
このように、純粋な「アルゴリズム」としてみれば、"理想的な"中央銀行制は合理的である。数百年の試行錯誤の結晶である、インフレ圧やデフレ圧を金利操作によって軽減するその「機能」には、歴史的必然性が存在する。これを過小評価してはいけない。
しかし、だからといって中央銀行制に問題が無いわけではない。むしろ、中央銀行制には致命的かつ根源的な問題がある。
この問題は政治と結びついたときに出現する。戦争資金を集めるために、支持率を上げるために、外交的配慮のために、"国家の威信"のために、中央銀行は常に政治から圧力を受ける。そして、政治と貨幣の発行プロセスが強く結びつくとき、すなわち中央銀行が"理想的"であることをやめるとき、歴史的にろくでもないことが起こってきた。この暴力性を幾度となく体験してきた人類は、「中央銀行の独立性」という概念を発明し、必死にこの圧力と戦おうとしてきた。しかし、貨幣の発行と政治が同じ「国家」という枠組みの中で行われる限り、この2つを分離することは不可能である。
ブロックチェインベース貨幣のポテンシャル
ここで登場するのがブロックチェインベースの貨幣である。
ブロックチェインベースの貨幣には、中央銀行の機能を政治から分離し、アルゴリズムとして分散的に置き換えるポテンシャルがある。中央銀行を機能として「純粋化」するといってもいいかもしれない。
また、ブロックチェインベースの貨幣には中央銀行貨幣にはない利点が数多くある。特に、インターネットなどの情報技術にシームレスにつながることのできることは、既存の中央銀行貨幣がいくら頑張っても手に入れることができない、圧倒的なメリットである。
もし、これらの利点を保持したまま、さらに中央銀行貨幣の安定性を手に入れることができたら理想的ではないか。まさにこれを目指して多くの人が分野を問わず取り組んでいる。
例えば、[2]ではマイニングによって生み出されるコインの量を可変にすることを提唱している。つまり、マイニングに参加するマイナーが増えるのに応じ、報酬として与えるコインを増やすか、採掘間隔を短くし、供給するコインの量を増加させるというわけである。こうすることにより、コイン価格が上昇すれば多くのマイナーが参加し、多くのコインが供給され、逆にコイン価格が減少すれば、マイニング費を賄えないマイナーが離脱し、供給が絞られる*3。
また、他にもRobert Samsによる[3]、Vitalik Buterinによる[4]、Ferdinando M. Ametranoによる[5]など、様々な興味深い提案が出てきている。
最後に
ビットコインが果たして10年後に使われているのかどうか。それはわからない。ビットコインが抱える問題は、ビットコインという枠組みの中で解決されるかもしれないし、別の暗号通貨がそれらを解決し、結果的にビットコインは淘汰されるかもしれない。しかし、たとえビットコインが別の暗号通貨に置き換わったとしても、その最前線にいるのは、いまビットコインの最前線にいる人たちであろう。ビットコインを受け入れているお店が別の暗号通貨に切り替えるのは簡単であるし、いまのビットコインに携わっているひとが蓄積しているノウハウや知識はそのまま使えるからだ。
ビットコインは壮大な社会実験である。そして、ビットコインは「実験」としてこれ以上にないぐらいに成功した。また、優れた実験が常にそうであるように、ビットコインは多くの「課題」を残している。
しかし、これら課題はビットコインの歴史的意義を否定するものではない。
下にあるのは、ライト兄弟が1903年に開発した世界初の飛行機の写真である[6]。
[出典:Wikipedia]
このような木造飛行機は、いまでは博物館でしかみることができない。今おもに使われているのは、この30年後に開発されたジャンボジェット機である。
では、そのことによりライト兄弟の歴史的業績は損なわれるのだろうか?
決してそうではない。
重要なのは、コンセプトである。
重要なのは、「空を飛ぶ」という途方もないコンセプトである。
たとえ自転車部品のありあわせで出来ていても、たとえ数10メートルしか飛べなくても、たとえ車の方が速くても、たとえ10回中9回失敗しても、ライト兄弟が提示した、この「空を飛ぶ」というコンセプトの圧倒的インパクトの前では、些細なことでさえある。
ビットコインも同じである。
ビットコインもまた、「分散的な暗号貨幣」という途方もないコンセプトを世界に提示している。
確かにビットコインには多くの問題がある。価格は安定しないし、プライパシーに問題はあるし、多くのエネルギーを消費するし、データ量的限界もある。しかし、ビットコインが切り開いた「分散的な暗号貨幣」という革命的なコンセプトの前では、これらは乗り越えるべきハードルにはなれても、ビットコインの意義自体を否定するものにはなりえない。
ビットコインが抱える問題は、暗号通貨全体を強めることはあっても、弱めることはない。暗号通貨には、これら問題を解決するための技術的拡張性がある。
そして、この拡張性にこそ、ビットコインの美しさがあると僕は思っている。
100年前、ライト兄弟が提示した弱々しい木造飛行機が世界を変えたように、いま、サトシ・ナカモトが提示した不完全な暗号通貨は世界を変えようとしている。
確かにビットコインは不完全である。そして、不完全である"今"だからこそ面白いのだ。
参考文献:
[1]Bitcointalk「Serious flaws in Bitcoin monetary policy」
https://bitcointalk.org/index.php?topic=927872.0
需要・供給曲線の部分に関しては全面的に以下の論文[2]を参考にした。ビットコインの価格変動に興味がある人はぜひ読むことをおすすめする。
[2]岩村充,北村行伸,松本勉,斉藤賢爾「Can We Stabilize the Price of a Cryptocurrency? Understanding the Design of Bitcoin and Its Potential to Compete with Central Bank Money」
http://www.ier.hit-u.ac.jp/Common/publication/DP/DPS-A617.pdf
[3]Robert Sams 「A Note on Cryptocurrency Stabilisation: Seigniorage Shares」
https://github.com/rmsams/stablecoins/blob/master/00-main.pdf
[4]Vitalik Buterin 「The Search for a Stable Cryptocurrency」
https://blog.ethereum.org/2014/11/11/search-stable-cryptocurrency/
[5]Ferdinando M. Ametrano「Hayek Money: the Cryptocurrency Price Stability Solution」
http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=2425270
[6]Wikipadia「ライト兄弟」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%88%E5%85%84%E5%BC%9F