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ビットコインが好きです。

ネット空間のカンブリア大爆発


サイバースペースは様々な商取引,関係,そして思考そのものからできあがっていて,それが我々のコミュニケーションのウェブの中にまるで定常波のように隈無く広がっている。我々の世界はいたるところにあるとともにどこにもない。ただしそれは肉体が住める場所ではない。」
-ジョン・ベリー・バーロウ「サイバースペース独立宣言」*1

画一化するインターネット

インターネットがつまらない。

いま、インターネットはのっぺらぼうみたいに没個性なサイトで氾濫している。これは、広告収入という単一のルールのもと、生存戦略が画一的な方法論に収束してしてしまった弊害だ。検索で上位に表示されるサイトの多くは、その閲覧者ではなく、広告を設置しているAmazonGoogleなどの企業に焦点を絞って運営されている。広告収入に最適化したサイトは人を不快にしてでも人を集めようとし、記事の内容を向上させようとはしない。彼らは質を高めるインセンティブをもたず、ひたすら量を追求する。

ネット空間が画一化するのは、ネットコミュニティが現実コミュニティとの対比の中で一つの欠陥をもつからである。その欠陥とは、通貨の不在だ。

ネット社会と通貨

通貨の役割

インターネットにおける通貨の不在を考える前に、現実社会における通貨の役割を振り返ってみよう。

世界中のありとあらゆるコミュニティは通貨を持つ。そして通貨という媒介を持つから、農家や床屋や研究者など、多様な職業の人々が互いに補完しながら存在しうる。床屋が髪を切ることに専念し、専門性を磨くことができるのは、労働を通貨に変換し、通貨を他の商品に変換することができるからだ。

個人の欲望をコミュニティ全体の多様性へと転化させるための装置、それが通貨なのである。

通貨を持たないインターネット

一方、ネットコミュニティは通貨を持たない。これはコミュニティとして致命的な欠陥である。通貨が存在しないコミュニティにおいて、専門性は金銭的価値を持ち得ない。たとえば時間をかけ、専門的知識を総動員して書いたネット記事は、読者一人一人の高い満足度が得られても、PVを集められないので広告収入を稼げない。これまでネット上の情報が質において紙ベースの出版に歯が立たなかったのは、インターネットに通貨が存在せず、専門性に価値を付与するメカニズムがなかったからだ。

ネットがまだ大衆化していなかった時期はこれでもよかった。

かつてインターネットを動かす燃料は承認欲求だけだった。そして承認欲求は個性の発露であり、個性は多様であるため、通貨の不在は画一化をもたらさなかった。昔から商業目的のサイトは存在したが、その数は限定的であったし、PVを集める画一的なノウハウもまだ定まってなかった。

いま、インターネットは商業化し、お金(通貨)を目的とした人が群がっている。群がっているのに、肝心のお金(通貨)が存在しない。このねじれがアフィリエイトに特化したサイトが大量発生する現状を産んだ。通貨が存在しないため、金銭的欲望は広告収入によってしか発散し得ないのだ。

今のネット空間はゲームバランスの悪いゲームみたいなものだ。たった一つの方法論にプレイヤーが群がっていて、プレイスタイルの多様性が失われている。プレイスタイルに多様性がないゲームはつまらない。

A君の憂鬱

通貨の不在がインターネットに与えている影響を考えるために、主にネット上で活動するイギリスの音楽家に心を打たれた一人の少年(A君)を仮定してみよう。彼はYoutube でその音楽家に出会い、公式サイトでその音楽家の情報を手に入れ、自分のブログでその音楽家を紹介し、掲示板で同じ音楽家が好きな人と語り合う。さらにその音楽家のTwitter に応援メッセージを送ることもできるだろう。ここまでの過程はすべてネット上で簡単に行われ、そこにはなんの摩擦もない。

しかし、A君がその音楽家の音源をネット上で買おうとするその瞬間、摩擦係数が急激に増大する。まず彼はクレジットカードを持っていないかもしれないし、持っていたとしてもカード情報や個人情報を入力することには大きな抵抗感を伴う(そして数々のカード情報流出のニュースをみれば、この抵抗感が全うであることがわかる。)また、インターネットが基本的に無国境であるのに対し、既存の金融システムには明確な国境が存在するので、この国境が金が払らうのを難しくする。

こうして、ネット上で情報をやりとりする事と、お金をやりとりする事の間にある大きな断絶が見えてくる。いままでのインターネットには高速で使いやすい「情報の回路」が存在したのに、それと相似的な対応をもつ「お金の回路」が存在しなかったのだ。

Apple はこのことに気づいていたので、Apple Store という使いやすい「お金の回路」を用意することによって、お金にならないと言われてきた音楽のネット販売に革命を起こした(しかしApple Store には法外な仲介手数料や、厳しい規制など、中央集権的独占から起因する問題点が多くある)。結局、人々がネット上でお金を払わない最大の理由は、払いたくないからではなく、払うのがめんどくさいからなのだ。


ビットコインの誕生

ここで登場するのがビットコインである。

ビットコインは使いやすく、汎用的で、仲介マージンや厳しい規制がない、非常にインターネット的な「お金の回路」をネット空間にもたらす。現実のお店で紙幣を渡すのと同じような感覚で、あるいはメールを送るのと同じ手軽さで、国境を意識せずに、インターネット上で直接お金をやり取りすることができるようになる。

A君に立ちふさがった理不尽な壁は解消される。ビットコインを使えば情報を入手したり発信したりするのと同じ感覚で、ネット上で直接、音源を買えるようになる。そして音楽家の方も、Apple Store のような仲介業者の審査をくぐり、煩雑な手続きを踏まずともネット上で音源を売れるようになる。

ネット上でお金をやりとりするのに現実の金融システムを「借りる」必要がなくなり、仮想空間に密閉された経済活動が可能になる。


変化はすでに始まっている。英語のネットコミュニティでは、掲示板などで、ビットコインを報酬として翻訳やコードのデバッグTwitterアイコンの作成や自作ゲームのBGMなどを請け負う人が発生している*2ビットコインウォレットに原因不明のバグが発見された際、ビットコインコミュニティはビットコインを賞金として出すことにより多くの優秀なプログラマを惹きつけ、原因を突き止めた*3。また、ビットコインを報酬として支払うオープンソースプロジェクトも多く誕生していて、例えばウクライナにいるプロジェクトリーダーが、アメリカにいる開発者をビットコインで「雇っている」ような状況も生まれている*4

つまり、ネット上に、超国家的で、ネット内で完結した、完全に仮想的な労働市場の出現し、既存の社会システムを介さずにインターネット上で働く人々の集合が現れはじめたのだ。


また、ビットコインの手数料が非常に安いことも重要である*5。既存の決算サービスには最低手数料(だいたい40円ぐらい)が存在する。なので、ネット上で100円のコンテンツを販売しようとすると、その40%を取引手数料としてとられてしまう。5円でなにかを販売しようしても、40円を手数料としてとられるので商売として成立しない。ネットと薄利多売の親和性の高さから考えると、この制約はあまりにも重い。ビットコインにより、一曲20円で音楽を配信したり、10円単位で寄付を募ったり、ブログ記事を5円で公開したり、これまで決済の制約によって実現されなかった数々のビジネスが可能になる。


いま、ビットコインという通貨を手に入れ、インターネットの生態系は大きく変動している。この変動の向こう側では、人々はブログ記事やネット動画のいいねボタンを押すのと同じ感覚で、数円単位の暗号通貨を送りあうようになる。コンテンツ制作者側の味方であるはずのインターネットはその本来の姿を獲得し、ネット上で直接コンテンツを公開することを選ぶ人々が現れる。

Pixivで絵を書いている人に、スイスからビットコインで仕事が依頼されるようなことが行われる。通貨の違いや法的制約を超えて、労働のインターネット化が起こる。

どこかで巨大な地震が起こった時、赤十字の公式アカウントはビットコインアドレスを貼り付けたツイートをし、そのツイートが瞬時に数億人規模に波及することによって瞬間的に何億もの資金が集まるようになる。寄付の方法や速度が変わるだけではなく、寄付の精神的閾値が下がり、寄付経済の規模が拡大する。

このネット上に現れた新しい経済は、いまでは現実の経済の補完でしかない。しかし、長期的にみれば現実の経済を凌駕するようになるだろう。


もちろん、広告収入モデルはネットと相性がいいので、なくなりはしない。重要なのは、これまで広告収入しかなかったネット社会において、広告収入に依存しない生存戦略が生まれたことである。広告収入に最適化したサイトは画一化するのにたいし、この新しい生存戦略には最適解が存在せず、その方法論は多様に発散する。

生態系を支配するルールの複雑性がある閾値を超え、そこから生み出されるパターンが無限大に発散することによって生物は多様化した。同じように、通貨をもつことによってネット上における生存戦略のパターンは多様化し、ネット空間は収束不可能なシステムになる。

*1:http://museum.scenecritique.com/lib/defcon0/1st.htm

*2:ここらへんの雰囲気は、https://bitcointalk.org/index.php?board=52.0http://www.reddit.com/r/Jobs4Bitcoins/ を参照

*3:https://bitcointalk.org/index.php?topic=337294.0;all%20https://github.com/gavinandresen

*4:http://www.youtube.com/watch?v=-wp0UpZtQUM

*5:実はビットコイン価格の高騰などにより以前ほど安いとはいえなくなっている。しかし、小額の場合ある程度は中央集権的構造を用いてもリスクが小さいので、off-chain-transaction(例えばhttps://www.changetip.com/ )を用いることで解決できる。